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言い訳がましい朝日社説

 朝日って、本当にネタに困らない新聞ですね。

鳩政権半年
(3月16日付朝日新聞朝刊)

 非常に薄っぺらい論説だと思います。
 マスゴミの誘導があったとは言え、多くの有権者が自民党政権を拒絶したのは事実です。
 しかし、それを「『過去』の清算を選んだ」結果だというのは、言いすぎでしょう。

 過去の清算、つまり過去を全否定したいのは、むしろ朝日新聞であって、それを勝手に国民の意思だと決めつけないでほしいものです。
 そう言えば、選挙前もさかんに「チェンジ」を唱えていましたね。
 「チェンジ」には、良い方向にチェンジすることも、悪い方向にチェンジすることもあります。
 残念ながら、今回の政権交代は、まさに後者でした。外国人参政権付与や人権侵害救済法案など、日本不在の法案にそれが端的に表れています。

 「チェンジ」は「改革する」という意味合いで使われることもあります。
 自民政治に改革が必要な部分があったのも確かですが、それは歴史や文化などの連続性を踏まえた上での改革でなければなりませんでした。
 朝日などの左翼メディアは保守と守旧を混同して使うことがよくあり、「だから保守は駄目なんだ、改革しなければならない」という論調に持って行きがちです。
 しかし、「改革」の反語が「保守」であると考えるのは完全な誤りです。
 保守主義の父と呼ばれるエドマンド・バーク(1729~1797)は「伝統を保守するために現状を改革せよ」と言っています。歴史と伝統を鑑みた改革はすべきであるが、その改革のスピードは漸進であること、性急なるは忌避せよ、と。
 小泉改革は、この大原則を逸脱したものであったし、民主政権に至っては「改革」どころか「革命」です。(本人達も好んで「革命」と言っていますし)
 
 単なる「過去との決別」では「現状の全否定」ひいては「革命」とならざるを得ないでしょう。
 そして、民主党の支持率が低下しているのは、こうした「革命」に対する、有権者の本能的な危機感の表れであり、朝日の言うような、単純な「古い自民党的体質」だけが理由ではないだろう、と思います。

 それにしても、朝日の言う「新しい政治文化」がボランティアと政策決定過程への市民参加とは、あまりにも浅はかではないでしょうか。
 中には高い自立性と公共性、能動性を持った真の「市民」もいるでしょうが、大半はワイドショーに投票行動を左右される程度のレベルの、無責任で主体性なき「愚民」です。彼らに政策決定を任せたところで、生まれるのは継続性も将来性もない愚策でしょう。市長選や住民投票に左右される普天間問題が典型例です。

 また、ボランティアに頼るばかりでは、長期にわたる人材育成に支障をきたすことになるでしょう。

 「『自分たちでつくる』政治」が引き起こす結果は、良い結果であれ悪い結果であれ、「自分たち」が引き受けなければなりません。
 こうした「新しい政治文化」なるものの負の部分を提示せずに、さもバラ色の未来であるかのように書く朝日は、非常に無責任だと思います。

 それにしても、だんだん民主擁護の論説の書き方が苦しくなってきている気がするのは、わたしだけでしょうか?




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テーマ : マスコミ - ジャンル : 政治・経済

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