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目指すべき「グローバルスタンダード」

 これが「グローバルスタンダード」なんでしょうね。

【チリ大地震】被災者が略奪行為、一部に夜間外出禁止令 死者700人突破

 【ワシントン=犬塚陽介】巨大地震に見舞われた南米チリのバチェレ大統領は2月28日の会見で、死者数が大幅に増加し、708人になったことを明らかにした。行方不明者も増加しており、今後も死者数が増える可能性が高い。震源地に近い中部のチリ第2の都市コンセプシオンなどでは、被災者が略奪行為を繰り返すなど治安が悪化しており、政府は夜間外出禁止令を出し、一部地域に軍を展開して警戒を強めている。
(中略)
 一方、震源地に近いマウレ州やコンセプシオンでは混乱に乗じて商店や銀行への略奪行為が相次いでいる。AP通信などによると、市民らは水や食料、現金などを狙ってスーパーマーケットや銀行などを襲っている。警察当局は催涙弾や放水などで対応しており、一部が暴徒化しかねないとの懸念も出ている。

 このため、政府は両地域に夜間外出禁止令を発令。バチェレ大統領は軍が治安維持を担当することを許可する大統領令を発令し、治安の維持に努めている。
(後略)

 先日発生したハイチの大地震の際にも、略奪行為が多発したのは、記憶に新しいと思います。
 まあ、ハイチの場合は世界最貧国の一つで、政情も不安定なので、さもありなん、という感じがしますが、チリは1人当たりのGDPが1万ドル以上、ブラジルやアルゼンチンよりも裕福な、南米一の先進国(世界レベルでは中進国?)です。
 そのような国でさえ、巨大地震が発生し、社会がマヒ状態に陥ったら、この有様です。
 それどころか、世界一の先進国であるアメリカでさえ、大地震や大停電のたびに、略奪・暴動に備えた軍や警察を動員しています。(実際に、ノースリッジ地震やハリケーン・カトリーナ、NY大停電などで発生しています)

 翻って、日本の場合はどうでしょう。
 近年、東北や北陸地方を中心に震度6クラスの地震が多発、多くの家屋が倒壊していますが、略奪行為や暴動が起きた、というニュースは聞いたことがありません。
 もっと言えば、あの阪神淡路大震災の時でさえ、暴動は言うに及ばず、略奪行為すらほとんど発生しませんでした。
 それどころか、炊き出しにきちんと列をなす被災者達の姿を見た海外メディアは、一様に絶賛しています。

 日本人が当たり前、と思っているこうした光景が、世界の目には驚くべき光景に映るのです。
 これは、世界に誇る事ではないでしょうか。
 世界で大災害=暴動・略奪という図式が出来上がっている中、被災時にも秩序正しい日本人の姿は、世界の手本であり、目指すべき「グローバルスタンダード」ではないでしょうか。
 MPJ内のコラムで三橋さんが書かれた「世界帝国の条件」http://mp-j.jp/modules/d3blog/tb.php/18は、こんなところにもあるのです。




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テーマ : 日本を正常な国に戻したい - ジャンル : 政治・経済

日本精神を体現した男、八田與一 ~映画「パッテンライ!!」を観て

 昨日は長編アニメーション映画「パッテンライ!!」を観にいきました。

 ご存じない方に簡単に紹介しておくと、「パッテンライ!!」は台湾がまだ日本統治下にあった大正9(1920)年から昭和5(1930)年にかけて工事が行われた嘉南(かなん)平原灌漑大工事と、その指揮に当たった土木技師、八田與一(はったよいち)氏を、内地(日本)人のススムと本島(台湾)人の英哲(えいてつ)という2人の子供の目線を通して描きあげた物語です。「パッテンライ」とは漢字で書くと「八田來」、つまり「八田が来た」という意味です。

 今は台湾有数の穀倉地帯となっている嘉南平原ですが、以前は雨季には水害、乾季には旱魃、また沿岸地域では海から流れ込む塩気を含んだ風による塩害と、まさに不毛の土地であり、農民とその子供達は文字通り死ぬまで水汲み、水運びの毎日だったそうです。
 当然、米など採れる筈もなく、どんなに広い農地でも、雑穀や砂糖きびを作るのがやっとといった有様でした。

 そこへ、台湾総督府に赴任してきた八田氏は巨大ダムと導水トンネル、それに灌漑と塩害防止の為に地球を半周もする用排水路を計画したのです。
 ところが、地元の人達は「清もオランダもできなかった事が日本人にできるか」と反対、総督府の人間も「大風呂敷」と揶揄します。
 しかし、八田氏には秘策がありました。
 絶対的に不足する水量で嘉南全土を穀倉地帯に変える為に、「三年輪作給水法」を考案します。
 つまり、耕地を3つの区画に分け、3年に1度だけ区画に給水するようにしたのです。
 こうすることで1年目は米を作り、2,3年目は従来通り雑穀や砂糖きびを栽培し、4年目にまた給水して米を作る、ということが可能になり、平原の農民全てが水の恩恵に浴することができるのです。
 こうして事業は動きだしましたが、事務方との衝突、内地人と本当人の待遇格差、そして労災と、数々の困難が八田氏を襲います。
 しかし、心が折れそうになる八田氏を、夢を叶えたい多くの人々が支えます。
 このような苦難を乗り越え、足掛け10年にも及ぶ大事業は完成、嘉南平原に巨大な珊瑚状のダム湖、珊瑚潭(さんごたん)が出現しました。
 そして、農民達は水汲みの苦難から解放され、一帯は発展を遂げたのです。
 また、殉職された百余名の従業員に対し、内地人、本島人の区別なく、死亡順に記された殉工碑を建立されました。

 ところが、それから12年後、悲劇が起きます。
 昭和17(1942)年5月8日、八田氏は軍命でフィリピンに向う途中、米潜水艦の攻撃を受け、帰らぬ人となってしまったのです。享年56歳でした。
 当時烏山頭ダム畔で留守を守っておられた外代樹(とよき)夫人の愁傷は、見るに忍びないものがあったといいます。
 そして、終戦。日本人が台湾を去らねばならなくなった昭和20年9月1日、夫人は夫の造ったダムの放水口に身を投じ、夫の後を追いました。享年45歳でした。

 昭和21年12月15日、嘉南の農民達の手により、湖畔に夫妻の墓が建てられました。
 そして今でも、命日の5月8日には追悼式が行われているそうです。



 なまくらは、劇中の八田氏の「土木屋には台湾も日本もない。自分の技術が人々の役に立てるかどうか、それが大切なんだよ」という台詞に深い感銘を受けました。
 今、胸を張って同じような台詞を言える人が、果たしてどれだけいるでしょうか。
 海外で作った裏金で有力政治家に裏献金するような、あるいは「荒廃するアメリカ」ならぬ「荒廃する日本」が間近に迫りながら、事業仕分けなる茶番劇で必要な公共事業まで予算削減してしまう、今の日本を八田氏が見たら、どう思うでしょうか。
 今回、八田氏の物語を観た数百人の人々は、何を思い、どう感じたでしょうか。
 恐らく、なまくらと同じような心境になったと思います。
 
 台湾には、「日本精神(リップンチェンシン)」なる言葉があるそうです。徳のある生き方、「公」の精神などを表す言葉だそうです。
 こうした言葉が生まれるくらい、戦前の日本人は台湾の人達に慕われていました。
 しかし今の日本に、この日本精神を具現化する人が果たしてどれだけいるでしょうか。
 八田氏の物語は、我々日本人自身が忘れ去ろうとしている、大切な何かを教えてくれたような気がします。

 余談ですが、今、八田氏が全精力を注いだ烏山頭ダムを世界遺産に登録しようという運動が始まったそうです。
 台湾大学農学部の郭華仁教授、台南芸術大学の曾旭正教授が中心となり推進本部が発足、日本側にも協力を求めています。
 http://www.a-eda.net/asia/Signature_jp.pdf
 http://www.a-eda.net/asia/hatta1.html

 なまくらも近々、署名したいと思います。
 そしていつか、烏山頭を訪れたいと思います。(ただし、中華航空は怖いからエバー航空で)

テーマ : これでいいのか日本 - ジャンル : 政治・経済

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